第141回
一条真也
『ストーナー』ジョン・ウィリアムズ著/東江一紀訳(作品社)
明けまして、おめでとうございます。
今年最初にご紹介する本は、わたしが昨年読んだ本の中で最も感動した小説です。
作家・乙川優三郎氏の小説『この地上において私たちを満足させるもの』に登場する作品なのですが、実在の小説であり、しかも半世紀も前に書かれています。第1回日本翻訳大賞の「読者賞」を受賞しています。静かな物語ですが、魂が揺さぶられるような素晴らしい作品でした。
著者は1922年8月29日、米国テキサス州クラークスヴィル生まれ。軍人や学者の生涯を送り、生涯に4冊しか小説を書きませんでした。本書はその3冊目の作品です。
本書の帯には、俳優トム・ハンクスの「これはただ、ひとりの男が大学に進んで教師になる物語にすぎない。しかし、これほど魅力にあふれた作品は誰も読んだことがないだろう」という言葉が紹介され、さらには「半世紀前に刊行された小説が、いま、世界中に静かな熱狂を巻き起こしている。名翻訳家が命を賭して最期に訳した、"完璧に美しい小説"」と書かれています。
一段組で330ページに少し満たないこの長編を読み終えると、不思議な感覚にとらわれます。よく「読書で他人の人生を疑似体験する」などと言いますが、それが完全な形で実現されたように感じるのです。わたしは自らの人生とは別のウィリアム・ストーナーという人物の人生を生きたかのような錯覚に陥りました。わたしだけでなく、多くの読者がそのような体験をしたのではないでしょうか。うまくいったのか、うまくいかなかったのか、よくわからない人生。職場の仲間とうまくやれなかったこと。結婚相手とうまくやれなかったこと。ストーナーの人生は、あらゆる人々の共感を呼ぶでしょう。なぜなら、時代や場所は違えど、人生とはみな似たりよったりだからです。
わたしは、この小説はグリーフ文学の名著であると思いました。この小説を読めば、誰でも「自分の人生は生きるに値するものだろうか」「自分の人生は生きるに値したことがあっただろうか」という思いが沸々と湧いてきて、大きな悲しみに包まれるでしょう。
「訳者あとがきに代えて」でも、担当編集者の布施由紀子氏が「とても悲しい物語とも言えるのに、誰もが自分を重ねることができる。共通の経験はなくとも、描き出される感情のひとつひとつが痛いほどによくわかるのだ。そこにこの作品の力があると思う」と、本書が持つ魅力の本質に触れています。
なお、あまりに美しい訳文を紡いだ東江氏は癌のため、本書の刊行直前に他界されました。ご冥福をお祈りいたします。
今年最初にご紹介する本は、わたしが昨年読んだ本の中で最も感動した小説です。
作家・乙川優三郎氏の小説『この地上において私たちを満足させるもの』に登場する作品なのですが、実在の小説であり、しかも半世紀も前に書かれています。第1回日本翻訳大賞の「読者賞」を受賞しています。静かな物語ですが、魂が揺さぶられるような素晴らしい作品でした。
著者は1922年8月29日、米国テキサス州クラークスヴィル生まれ。軍人や学者の生涯を送り、生涯に4冊しか小説を書きませんでした。本書はその3冊目の作品です。
本書の帯には、俳優トム・ハンクスの「これはただ、ひとりの男が大学に進んで教師になる物語にすぎない。しかし、これほど魅力にあふれた作品は誰も読んだことがないだろう」という言葉が紹介され、さらには「半世紀前に刊行された小説が、いま、世界中に静かな熱狂を巻き起こしている。名翻訳家が命を賭して最期に訳した、"完璧に美しい小説"」と書かれています。
一段組で330ページに少し満たないこの長編を読み終えると、不思議な感覚にとらわれます。よく「読書で他人の人生を疑似体験する」などと言いますが、それが完全な形で実現されたように感じるのです。わたしは自らの人生とは別のウィリアム・ストーナーという人物の人生を生きたかのような錯覚に陥りました。わたしだけでなく、多くの読者がそのような体験をしたのではないでしょうか。うまくいったのか、うまくいかなかったのか、よくわからない人生。職場の仲間とうまくやれなかったこと。結婚相手とうまくやれなかったこと。ストーナーの人生は、あらゆる人々の共感を呼ぶでしょう。なぜなら、時代や場所は違えど、人生とはみな似たりよったりだからです。
わたしは、この小説はグリーフ文学の名著であると思いました。この小説を読めば、誰でも「自分の人生は生きるに値するものだろうか」「自分の人生は生きるに値したことがあっただろうか」という思いが沸々と湧いてきて、大きな悲しみに包まれるでしょう。
「訳者あとがきに代えて」でも、担当編集者の布施由紀子氏が「とても悲しい物語とも言えるのに、誰もが自分を重ねることができる。共通の経験はなくとも、描き出される感情のひとつひとつが痛いほどによくわかるのだ。そこにこの作品の力があると思う」と、本書が持つ魅力の本質に触れています。
なお、あまりに美しい訳文を紡いだ東江氏は癌のため、本書の刊行直前に他界されました。ご冥福をお祈りいたします。