第15回
一条真也
「年中行事を大切に!」

 

 みなさんのお宅では、年中行事を大切にされていますか。お正月はしめ飾りと門松を飾り、おせち料理を囲む。お盆にはご先祖様をお迎えし、七五三ではわが子の健やかな成長を祝う......日本には一年を通して、暮らしに根差した年中行事が伝わっています。

 では、それぞれの年中行事の成り立ちや、正しい行い方を知っているでしょうか。年中行事とは、同じ暦日に毎年慣例として繰り返され続ける行事のことです。そこには、昔からの伝統を大切に守り、また時間の流れと季節の移り変わりを愛でる日本人の「こころ」と「たましい」が込められています。

 民俗学者の折口信夫は、年中行事のことを「生活の古典」と呼びました。彼は、『古事記』や『万葉集』や『源氏物語』などの「書物の古典」とともに、正月、節分、雛祭り、端午の節句、七夕、お盆などの「生活の古典」が日本人にとって必要だと訴えたのです。

 いま、「伝統文化や伝統芸能を大切にせよ」などとよく言われますが、それはわたしたちの暮らしの中で昔から伝承されてきた「生活の古典」がなくなる前触れではないかという人もいます。たとえば、伝統文化評論家で國學院大學客員教授の岩下尚史氏は「正月もそのうち実体がなくなる。おそらく今の八十代の人たちが絶える頃には、寺社は別としても、古風な信仰を保つ人たちを除いては、単なる一月になるだろう」と、著書『大人のお作法』の中で予測しています。

 文化が大きく変化し、あるいは衰退するのは、日本の場合は元号が変わった時であると言われます。明治から大正、大正から昭和、昭和から平成へと変わった時、多くの「生活の古典」としての年中行事や祭り、しきたり、慣習などが消えていきました。おそらく、元号が変わると、「もう新しい時代なのだから、今さら昔ながらの行事をすることもないだろう」という気分が強くなるのかもしれません。

 そして、平成も終わり、新しい元号へと変わります。来年の二〇一九年四月三十日、天皇陛下は退位されることになりました。平成は二〇一九年の四月末で終わり、翌五月一日から改元されます。

 平成は大きな変化の時代でした。なによりも日本中にインターネットが普及し、日本人はネット文化にどっぷりと浸かってしまいました。正月に交わしていた年賀状を出すのをやめ、メールやSNSで新年のあいさつを済ます人も多くなってきました。

 その平成も終わるのですから、新元号になれば、日本人の「もう新しい時代なのだから、今さら昔ながらの行事をすることもないだろう」という気分はさらに強くなるはずです。

 しかし、わたしは、世の中には「変えてもいいもの」と「変えてはならないもの」があると考えます。そして、年中行事の多くは、変えてはならないものだと思います。

 かつて「日本民俗学の父」である柳田國男は『年中行事覚書』を書きました。日本の年中行事を考える上での基本テキストとして有名です。

 日本民俗学の創始者であった柳田には「これまでの年中行事を早く収集し、整理する必要がある。そうしないと、誰も知らなくなってしまう」という危機感がありました。

 『年中行事覚書』が刊行された昭和の中頃でさえすでに意味不明となってしまっていた慣習も多かったようです。その意味で、わたしは年中行事とは日本人の「こころ」の備忘録であると思いました。

 年中行事は時間を愛し、季節を大切にする日本人の「こころ」が支えています。そして、それは「こころ」よりも深いもの、そう、日本人の「たましい」の養分となるものです。

 書物の古典にしろ、生活の古典にしろ、昔から日本人が大切に守ってきたものを受け継ぐことには大きな意味があります。それは日本人としての時間軸をしっかりと打ち立て、大和魂という「たましい」を元気づけるからです。大和魂とは、大いなる和の魂です。それは平和を愛する「たましい」であり、美しい自然を愛し、さらには神仏を敬い、先祖を大切にする価値観の根となるものです。

 これから新しい時代が訪れても、日本人がいつまでも平和で自然を愛する心ゆたかな民族であり続けてほしいものです。