第118回
一条真也
『病室の「シャボン玉ホリデー」』
なべおさみ著(文庫ぎんが堂)
前回は植木等の付人だった小松政夫氏の『昭和と師弟愛』をご紹介しましたが、今回は、ハナ肇の付人だった著者の本です。
1939年生まれの著者は、1964年に日本テレビ系列「シャボン玉ホリデー」でデビューし、一躍スターダムにのぼりつめます。1993年9月10日、ハナ肇は肝臓癌により逝去。享年63でした。壮絶な闘病生活を支えたのは、かつて付人を務めた著者でした。
その訪問客の顔ぶれがすごいです。大川慶次郎、松方弘樹、堀威夫(ホリプロ会長)、大橋巨泉、王貞治夫妻、ジャンボ尾崎、ポール牧、宮川泰、渡辺美佐(渡辺プロダクション会長)、安田伸・竹腰美代子夫妻、桜井センリ、谷啓夫妻、中尾ミエ、布施明、沢田研二・田中裕子夫妻、ミッキー安川、堺正章夫妻などなど。伊藤日出代、伊藤月子のザ・ピーナッツや植木等は毎日来たそうです。
一世を風靡した「ハナ肇とクレージーキャッツ」について、著者は「全員が喜び上手だった。喜びは、慎ましやかに押し隠すのが上品だろうか。私はクレージーキャッツの人々と過ごした12年の間に、喜びや嬉しさを、単純明快に表現する素晴らしさを知らされていた」と書き、彼らの笑い方を紹介します。
ハナ肇は「わっはっは」、谷啓は「うえっへっへ」、安田伸は「いっひっひっひ、植木等は「くわっかっか」、犬塚浩は「あははは、うん、ははは」、桜井センリ「ほほふふ、ほほほふふふ」、石橋エータローは「はは、はは、はは」・・・このように、彼らの笑い方を紹介するだけで、クレージーキャッツのすべてを表現しているところが凄いですね。
さらに著者は「一人が笑えば、全員の笑いになる。その笑い声は大声で、大悦びの表現に溢れていた。そしてその中心にハナ肇がいつも居た。存在しているぞとの高笑いに、メンバーが奮い立つのだ。絶対的なチームワークの要だった。重鎮だった」と述べています。
クレージーキャッツはメンバーが死去するまで解散をしなかったグループでした。現在では存命なのは犬塚弘のみですが、音楽グループで最後まで解散しなかったのはクレージーキャッツぐらいではないでしょうか。
そのクレージーキャッツの面々をはじめ、ザ・ピーナッツ、布施明らハナ肇を囲む人々が病室で繰り広げる、可笑しくも哀しいやりとりの数々が本書では描かれています。そして即興で演じられる「シャボン玉ホリデー」のコントが読者の胸を打ちます。
著者は、「おやじさん」と呼んだかつての師を最後まで看病し続け、その病状を記録に残し、師の生き様と死に様を世間に示しました。こんな弟子を持ったハナ肇という人は、本当に幸せな人であったと思います。
1939年生まれの著者は、1964年に日本テレビ系列「シャボン玉ホリデー」でデビューし、一躍スターダムにのぼりつめます。1993年9月10日、ハナ肇は肝臓癌により逝去。享年63でした。壮絶な闘病生活を支えたのは、かつて付人を務めた著者でした。
その訪問客の顔ぶれがすごいです。大川慶次郎、松方弘樹、堀威夫(ホリプロ会長)、大橋巨泉、王貞治夫妻、ジャンボ尾崎、ポール牧、宮川泰、渡辺美佐(渡辺プロダクション会長)、安田伸・竹腰美代子夫妻、桜井センリ、谷啓夫妻、中尾ミエ、布施明、沢田研二・田中裕子夫妻、ミッキー安川、堺正章夫妻などなど。伊藤日出代、伊藤月子のザ・ピーナッツや植木等は毎日来たそうです。
一世を風靡した「ハナ肇とクレージーキャッツ」について、著者は「全員が喜び上手だった。喜びは、慎ましやかに押し隠すのが上品だろうか。私はクレージーキャッツの人々と過ごした12年の間に、喜びや嬉しさを、単純明快に表現する素晴らしさを知らされていた」と書き、彼らの笑い方を紹介します。
ハナ肇は「わっはっは」、谷啓は「うえっへっへ」、安田伸は「いっひっひっひ、植木等は「くわっかっか」、犬塚浩は「あははは、うん、ははは」、桜井センリ「ほほふふ、ほほほふふふ」、石橋エータローは「はは、はは、はは」・・・このように、彼らの笑い方を紹介するだけで、クレージーキャッツのすべてを表現しているところが凄いですね。
さらに著者は「一人が笑えば、全員の笑いになる。その笑い声は大声で、大悦びの表現に溢れていた。そしてその中心にハナ肇がいつも居た。存在しているぞとの高笑いに、メンバーが奮い立つのだ。絶対的なチームワークの要だった。重鎮だった」と述べています。
クレージーキャッツはメンバーが死去するまで解散をしなかったグループでした。現在では存命なのは犬塚弘のみですが、音楽グループで最後まで解散しなかったのはクレージーキャッツぐらいではないでしょうか。
そのクレージーキャッツの面々をはじめ、ザ・ピーナッツ、布施明らハナ肇を囲む人々が病室で繰り広げる、可笑しくも哀しいやりとりの数々が本書では描かれています。そして即興で演じられる「シャボン玉ホリデー」のコントが読者の胸を打ちます。
著者は、「おやじさん」と呼んだかつての師を最後まで看病し続け、その病状を記録に残し、師の生き様と死に様を世間に示しました。こんな弟子を持ったハナ肇という人は、本当に幸せな人であったと思います。