第102回
一条真也
『絶望読書』頭木弘樹著(飛鳥新社)

 

 「読書の秋」にふさわしい本を紹介したいと思い、最近の読書術やブックガイドの類をたくさん読みました。「苦悩の時期、私を救った本」というサブタイトルがついたこの本が一番面白かったです。著者が自分自身の13年間の絶望体験をもとに、絶望の期間をどう過ごせばいいのかについて書いた本です。
 この本は二部構成になっており、第一部では、絶望の期間をいったいどう過ごせばいいのかについて考えます。第二部では、絶望したときに、寄り添ってくれる本や映画やドラマや落語などを紹介しています。
 著者は、絶望は「瞬間」ではなく「期間」であるとして、「倒れたままでどう過ごすかが大切」と述べます。絶望からの立ち直り方というのは、つまりは、倒れた状態から、いかに起き上がって、また歩き出すかということだというのです。深い絶望から、無理に早く浮かび上がろうとすると、海に潜っていて、時間をかけずに海面に急浮上したときのように、かえって悪影響があり、それにふさわしい読書が必要であるといいます。
 ギリシャの哲学者アリストテレスは、「そのときの気分と同じ音楽を聴くことが心を癒す」という説を唱えました。悲しいときには、悲しい音楽を聴くほうがいいという考え方ですが、これは「アリストテレスの同質効果」と呼ばれます。現代の音楽療法でも「同質の原理」と呼ばれて、最も重要な考え方のひとつです。
 一方、ギリシャの哲学者で数学者のピュタゴラスは、心がつらいときには「悲しみを打ち消すような明るい曲を聴くほうがいい」という「ピュタゴラスの逆療法」を唱えました。現代の音楽療法でも「異質への転導」と呼ばれて、最も重要な考え方のひとつとされています。
 では、この2つの考え方のどちらが正しいのか。じつは、両方とも正しいことが現在ではわかっています。すなわち、心がつらいときには、(1)最初に、悲しい音楽にひたる=アリストテレスの「同質の原理」が適していて、(2)その後で、楽しい音楽を聴く=ピュタゴラスの「異質への転導」というふうにするのがベストなのです。そうすると、スムーズに立ち直ることができるといいます。
 わたしは、グリーフケア・サポートにずっと取り組んでいます。「愛する人を亡くした人」たちは、まさに絶望の淵にある人であると言えるでしょう。また、世の中には不治の病に冒されて絶望している人もいることでしょう。そんな方々のために、わたしは『死が怖くなくなる読書』『死を乗り越える映画ガイド』(ともに現代書林)を書きました。ご一読下されば幸いです。