第7回
一条真也
「圧倒的な自然の絶景に触れる」
『死ぬまでにやっておきたい50のこと』(イースト・プレス)という新刊を上梓した。豊かな老後を過ごすために、やっておきたいことをいろいろと考えたのだが、特に「死の恐怖」を和らげるような体験を選ぶように努めた。
わたし自身が一番気に入っているのが「圧倒的な自然の絶景に触れる」という項目である。
「世界一周経験者が選ぶ! 死ぬまでに行きたい『世界の絶景』100選」というサイトがある。世界50カ国を旅したブロガーか選んだもので、グランドキャニオンやウユニ塩湖をはじめ、世界中の絶景を紹介する人気サイトだ。
どこまでも青い海、巨大な滝、深紅の夕日、月の砂漠、氷河、オーロラ、ダイヤモンドダスト・・・・・・。人間は圧倒的な大自然の絶景に触れると、視野が極大化し、自らの存在が小さく見えてくる。そして、「死とは自然に還ることにすぎない」と実感できる。さらには、大宇宙の摂理のようなものを悟り、死ぬことが怖くなくなるように思える。
わたしにも、そんな経験がある。一昨年、わたしはミャンマーの宗教都市バガンを訪れたが、そのときに圧倒的な自然に触れた。
バガンにある一連の仏教遺跡は、カンボジアのアンコール・ワット、インドネシアのボロブドゥールとともに「世界三大仏教遺跡」のひとつと称されている。イラワジ川中流域の東岸の平野部一帯に、大小さまざまな仏教遺跡が林立する。
仏教遺跡を見学した日の夕方、わたしはシュエサンドー・パゴダを訪れた。この有名なパゴダは下層の2段がレンガ色で、上段の3層は白色をしている。
多くのパゴダや寺院が褐色のレンガ色であるのと比べて、ひときわ美しいパゴダである。手すりがついていて、5層の基壇を上っていける。わたしは急な階段を裸足で上っていった。視線が上方にいくにつれて、バガンの仏教遺跡群がよく見えた。その景色は、この世のものとは思えないほど美しかった。
シュエサンドー・パゴダは、夕日鑑賞の絶好のポイントとしても有名である。夕日が沈む時間が近くなると、多くの人々が行列をつくって上る。わたしは人混みを縫って最上階の5階に上った。
そこで太陽光線と雲のコラボによる幻想的な光景を見ることができた。雲は夕日の姿を隠したり見せたりして、人々をヤキモキさせた。しかし夕日は雲に隠れながらも、ときどき美しい姿を見せてくれた。最後は、真紅の夕日を見ることができて非常に感動した。
そのとき、わたしは仏教の「西方浄土」というのはあのような美しい夕日の世界なのだと思えてきて、死ぬことが怖くなくなった。思わず夕日に向って合掌した。
死は人類最大のミステリーであり、全人類にとって共通の大問題である。なぜ、この自分がこの世から消えなければならないのか。これほど不条理で受け容れがたい話はない。当然、どんな人でも死ぬことに対する恐怖や不安を抱く。
しかし、心豊かに老後を過ごし、安らかに人生を修めるためには、必ず訪れる死を穏やかに受け容れるという心が必要だ。わたしにとっては、ミャンマーで見た巨大な夕日がそんな心境にしてくれた。
だいたい、太陽とか月について深く考えれば、人間の存在の小ささ、そして魂の行方を自然にイメージできるのではないだろうか。