第93回
一条真也
『自閉症の僕が跳びはねる理由』
東田直樹著(エスコアール)
この有名な本を今さら紹介するのも気が引けるのですが、13歳の自閉症の少年・東田直樹さんが書いたエッセイ集で、「会話のできない中学生がつづる内なる心」というサブタイトルがついています。
2007年の刊行以来、版を重ね、多くの読者を得てきました。日本だけではなく世界中で読まれています。この有名な本の存在だけは知っていましたが、少し前に初めて読みました。
ある方のすすめで「君が僕の息子について教えてくれたこと」というドキュメンタリー番組をNHKアーカイブスで観たからです。この番組は、映画化もされたSF小説『クラウド・アトラス』の原作者で世界的小説家のデイビッド・ミッチェル氏が本書を英語に翻訳し、世界中でベストセラーになるという奇跡を描いた実話です。ミッチェル氏自身が自閉症の息子を持つ父親であり、「この本は世界中の自閉症患者とその親に光を与える」と思ったそうです。
その後、アメリカやヨーロッパのノンフィクションの売り上げランキング上位に登場し、世界中を驚かせました。そして、本当に自閉症患者の親たちに光を与えたのです。わたしは番組を観終った後、書斎にあった本書を一気に読了しました。
そして、著者から自閉症の人の心の中を教えてもらいました。大いに驚くとともに、納得できることも多くありました。これまで、電車の中などで自閉症児が大きな声などを出すと、どうしてもそちらを見てしまう自分がいました。そして、「ああ、気の毒なお子さんだな」とか「親御さんも大変だなあ」などと思っていたことが恥ずかしくなりました。今は、障害者として同情するのではなく、困難に立ち向かう強い精神力を持った1人の人間としてリスペクトしています。
それにしても、著者の書く文章の表現力は素晴らしいです。自閉症とかなんとかよりも、健常者であったとしても、普通の中学生にはなかなか書けない文章であると思います。言葉が喋れない人がこれだけの文章を書いたという事実に、わたしは人間の持つ不思議な力について大きな感銘を受けます。
また、書いて表現するということの素晴らしさを痛感しました。これまで飛行機乗りはたくさんいましたが、飛行という行為の秘密を文章で伝えることができたのはサン=テグジュペリだけです。
自閉症の秘密を文章で明かした東田さんは、サン=テグジュペリのような人だと思いました。そういえば、東田さんの風貌はどことなく「星の王子さま」に似ているような気がします。