第77回
一条真也
『かもめのジョナサン完成版』

リチャード・バック著 五木寛之創訳(新潮社)

 伝説のベストセラーに新たに最終章が書き加えられた完成版です。1970年に『かもめのジョナサン』がアメリカで出版されたときは、当時のヒッピー文化とあいまって、口コミで話題となり、大ヒットしました。アメリカの出版史上最大の発行部数を示した『風と共に去りぬ』を軽く抜いて1500万部、日本でも120万部の大ベストセラーになっています。73年には映画化もされました。
 この物語は、いわゆる寓話とされています。同じ寓話としてよく比較されるのが『星の王子さま』です。たしかにサン=テグジュペリも、『かもめのジョナサン』の作者のリチャード・バックも、プロの飛行機乗りという点が共通しています。
 『星の王子さま』には、ブッダ・孔子・ソクラテス・イエスのいわゆる「四大聖人」の思想のエッセンスが詰まっているというのがわたしの考えです。
 そして、『かもめのジョナサン』という物語は、まさに偉大な教師=聖人についての物語であると言えます。この物語の中でジョナサンは弟子のカモメたちから神格化されます。それが次第に「教えの形骸化」「自由の圧殺」へとつながっていくさまは、聖人という存在は肯定しても教団は否定しているという見方もできるでしょう。
 新たに発表された部分を読んで、五木氏は法然を連想されたそうですが、ジョナサンを仏教の開祖であるブッダその人と見ることもできるかもしれません。また、多くのアメリカ人たちは当然のようにジョナサンをイエス・キリストのメタファーだととらえました。
 しかし、わたしはジョナサンとはソクラテスであると思います。ジョナサンは餌を食べません。「あんたったら、まるで骨と羽根だけじゃないの」と言う母親に対して「骨と羽根だけだって平気だよ、かあさん。ぼくは自分が空でやれることはなにか、やれないことはなにかってことを知りたいだけなんだ。ただそれだけのことさ」と語ります。

 カモメが飛行するのは食べるためです。しかし、ジョナサンは腹の足しにもならない空中滑走に夢中になります。
 古代ギリシャの哲人ソクラテスは、「生きる」ではなく「よりよく生きる」ことを選びました。「痩せたソクラテス」であるジョナサンも、「飛ぶ」ではなく「よりよく飛ぶ」ことを選んだのです。
 この物語における「飛ぶ」というのは「読む」、さらには「学ぶ」ということのメタファーのように思えます。そして、読書の先には執筆があります。いつか、わたしも『かもめのジョナサン』や『星の王子さま』のような寓話を書きたいです。