第76回
一条真也
『花のベッドでひるねして』

 よしもとばなな著(毎日新聞社)

 この不思議な小説は、以下のような書き出しで始まっています。
「私は海辺でわかめにくるまっているところを母に拾われた捨て子の赤ちゃんだったそうだ。わかめが何層にも重なってベッドみたいになっているところに派手な色の毛布が置いてあり、その上に私はぽつんといたらしい」
 そう、主人公の幹は赤ん坊の頃、浜辺でわかめにくるまっているところを拾われたのです。幹はそのまま大平家に引き取られ、そこの家族になります。今は、亡き祖父が始めた実家のB&Bを手伝いながら暮らしています。
 幹は、美しい自然にかこまれた小さな村で元気に暮らしています。少し変わったところがあるけれども大好きな家族と一緒に暮らせて満ち足りた毎日でした。
 しかし、ある日、両親が交通事故に遭ってしまい、母が骨折で入院してしまいます。それから家族が不気味なうさぎの夢をみたり、玄関前に小石がおかれたりと奇妙なことが続くようになるのでした。
 この小説はミステリーというかサスペンス的な要素もあるので、細かくストーリーを紹介することは控えます。でも、とても温かい言葉がたくさん書かれていて、読んでいるわたしまでポカポカとした気分になりました。一種の「ヒーリング小説」だと思いますが、わたしの心の琴線に触れるような表現が多々ありました。
 たとえば、大平家に拾われた幹は、恩返しとして一生懸命に家族のために尽くすのですが、恩返しをすればするほど、実の親への憎しみは薄まっていきました。
 著者は次のように書いています。
「それがほんとうに傷が癒されるということなのだと私は思っていた。痛み、血を流し、実践し、だんだんかさぶたができて、それがまたはがれ、汚い姿を見せ、少しずつ治っていったころにできた新しい皮膚は、ほんとうの皮膚になっていく、そんな感じで」
 著者の父親は、思想家の故・吉本隆明氏です。「知の巨人」として知られていた父の死後、この小説は書かれました。
 愛する父を失った著者はイギリスに行きました。悲しみのどん底にあった著者にとって、イギリスは懐深く果てしなく優しかったそうです。帰国後、著者はとにかく書くことで悲しさを忘れようと思って毎日ひたすら書き続けたといいます。
 きっと、書くことによって著者は癒されていったのでしょう。そんな経緯で生まれたこの小説には、不思議なヒーリング・パワーが宿っているようです。悲しい人、さみしい人、生きるのが辛い人は、ぜひお読み下さい。