代表取締役社長
佐久間庸和
孔子の末裔として礼を広めよう!」
●仏教連合会シンポジウム
6月6日、わたしは福岡県仏教連合会の主催によるシンポジウムに参加しました。会場は福岡市中央区天神にあるエルガーラホールでした。わたしが「葬式は必要~有縁社会をめざして」の演題で基調講演を行いました。昨年は美輪明宏氏が基調講演をされたとか。
最も広い大ホールがほぼ満員になりました。これまでも僧侶の方々の前で講演した経験はありますが、これほど多くの僧侶を前に話すのは初めてです。まさに「釈迦に説法」ですので、最初にそのことをお断りしました。
わたしは、あくまでも仏教の研究者ではなく、冠婚葬祭の専門家として話しました。
そして、葬儀は人類が長い時間をかけて大切に守ってきた精神文化であることを訴えました。いや、葬儀は人類の存在基盤だと言ってもよいでしょう。わたしは、日本人が葬儀をやらなくなったら、人類社会からドロップアウトしてしまうと述べました。
●これでいいのか日本仏教?
第1部の基調講演終了後、わたしは第2部のパネルディスカッションに参加しました。テーマは、「終活~人生終焉への心構え~」です。コーディネーターもパネリストも各宗派の僧侶の方々でした。
シナリオなしに「葬式は必要か、不要か」という議論からスタートしました。しかも、わたしの前に発言された方が「葬儀屋と坊主が集まって『葬式は必要』と言っても始まらないでしょう」とか、「葬式をするも良し、しないのも良し」などと言われました。
わたしは「葬儀屋」とか「坊主」といった言葉が大嫌いです。そこには、自分の職業に対する誇り、他人の職業に対する敬意というものがありません。そして、その根底には葬儀という営みに対する軽視が明らかにあります。わたしは、葬儀ほど崇高な営みはないと本気で思っています。
●僧侶たちに苦言を呈す
さらには布施に関するジョークも登場し、会場が笑いに包まれたので、我慢の限界を超えました。それで次のように言いました。「わたしは、お坊様という聖職者を『えらい存在』として尊敬しています。それだけに、布施についてのジョークは非常に不愉快です」
すると、会場から笑みが消え、凍りついたようになりました。さらに、わたしは「『葬式は必要か、不要か』という議論からパネルディスカッションが始まったことに非常に驚いています。必要に決まっているじゃないですか。そんな弱腰だから、『葬式は、要らない』とか『無縁社会』とか言われるんです」とも述べました。
さらには、「わたしは葬儀屋だから『葬式は必要!』を書いたのではありません。会社のためとか業界のためでもありません。『葬式は、要らない』などと考えたら日本人が困るから書いたのです」とも言いました。
●グリーフケア仏教としての誇りを
わたしは情けないというか、心の底から悲しくなりました。しかしながら、もう一人のパネリストの僧侶の方がわたしの発言に共感を示して下さいましたので、救われた気がしました。
一言断っておけば、そのような宗教者らしからぬ僧侶はあくまでも一部であり、多くの僧侶の方々は日夜、葬儀をはじめとした一連の死者儀礼によって遺族の方々の心を癒していると思います。「葬式仏教」などと揶揄されることもある日本仏教ですが、世界に誇りうる「グリーフケア仏教」であると信じています。ですから、「お坊様たちは、もっと葬儀という営みに誇りを持って下さい」ともお願いしました。
また、わたしのことを「儒者なんですよ」という発言もありました。その方が言うには、昔から儒者と僧侶は相性が良くないそうです。しかし、現在の日本の葬儀というものを考えたとき、その正体とは仏教と儒教の合同儀礼というか、両宗教のコラボなのです。
●葬祭ディレクターは孔子の末裔
『論語』『孟子』をはじめ、儒教の書物を読んでみると、葬式の話ばかり出てくるのに気づきます。『礼記』や『儀礼』『周礼』『孝経』などは、ほとんど葬式のことだけです。
なぜかというと、孔子の母親がもともと葬祭業者であり、原儒と呼ばれる古代の儒教グループは、葬送のプロフェッショナル集団だったからです。
孔子は母の影響もあって、「葬儀ほど人間の尊厳に関わる素晴らしい仕事はない。これほど尊い仕事の社会的地位を向上させなければならない」という志を抱いていたようです。
日々、紫雲閣で営まれる多くの葬儀とは、ブッダの末裔たる僧侶と孔子の末裔たる葬祭ディレクターとの仏儒合同儀礼なのです。
●礼の精神を広めよう!
ならば、紫雲閣の葬祭ディレクターは儀式のプロとしての誇りを持ち、「葬儀とはこうあるべき」との哲学を持つ必要があります。
6月18日、朝から松柏園ホテルの神殿で月次祭を行いました。その後、天道館に場所を移して、「孔子像除幕祭ならびに孔子の木植樹祭」を行いました。略して「孔子祭」です。
天道館の前庭には、見事な孔子像が設置されました。また、「孔子の木」と呼ばれる楷の木が5本植えられました。
今から100年前、湯島聖堂、足利学校、閑谷学校、多久聖廟の4ヵ所に「孔子の木」が植えられました。天道館に植えられた五本の「孔子の木」には、仁義礼智信の名がそれぞれ与えられました。中でも中心に位置しているのが「礼の木」です。これらの「孔子の木」とともに、わたしたちも礼の思想を広め、その実践に努めましょう!
僧たちの仰ぐみなもと釈迦ならば
われら歩むは孔子の道よ 庸軒