第75回
一条真也
『心との戦い方』ヒクソン・グレイシー著(新潮社)

 

 著者は、総合格闘技の世界を変えた「グレイシー柔術」の最強戦士として知られ、なんと400戦無敗を誇ります。  
 すでに現役引退を表明していますが、高田延彦や船木誠勝など、日本人の強豪も倒してきました。わたしは、それらの試合を東京ドームで実際に観戦しました。同じく生涯無敗を誇ったという宮本武蔵のイメージに通じる雰囲気でした。
 本書は、そのタイトルからもわかるように、「心」について書かれた本です。
著者は「考え方ひとつで未来は変わる」と断言し、次のように述べます。
「たとえば、Aという人が狭くて暑苦しい場所に閉じ込められたとしよう。彼の頭がこう判断を下したら、どうなるだろうか。『こんなに狭くて暑苦しいところは初めてだ。ずっといたら、窒息してしまう』おそらく、彼はその考えに凝り固まって、思考停止に陥ってしまう。その先に待っているのは、パニックだろう」
 続けて、著者は次のようにも述べます。
「一方、Bという人が同じ場所に閉じ込められたとする。彼の頭はこう考えた。『確かに、ここは狭くて暑苦しい。でも、落ち着いてゆっくり呼吸したら、何とか生き延びることはできそうだ』そして、『俺は絶対にあきらめないぞ。粘って粘って、何とか生き延びるんだ。時間を稼いで救援を待つか、自分で逃げ出す方法を見つけよう』と自らを励まし続ける。このように考え、このように行動することで、彼が生き延びるチャンスは格段に高まるはずだ」
 この文章は非常に説得力があります。
 さすがは、超一流の格闘家ですね。著者の言っていることは、つまるところポジティブ・シンキングということでしょう。 
 そして、著者のポジティブ・シンキングは以下の文章で極まります。
「ブラジルには、こんな諺がある。『何か悪いものを食べても、それで死ぬことがなければ、結局は自分の栄養になっているのだ』大きな困難に直面して、ひどく苦しむことがあるだろう。しかし、それで自分が命を取られるのでなければ、長い目で見れば、そのようなつらい経験も、自分の肥やしとなるはずだ」

 本書は、ポジティブ・シンキング、メンタル・コントロール、グリーフケア、成功哲学・・・じつにさまざまな読み方ができると思いますが、なによりも優れた幸福論だと思いました。
 著者自身が格闘家であることから『心との戦い方』というタイトルになったのでしょうが、『心とのつきあい方』という方が内容にふさわしいとも思いました。
 読めば生きる勇気が湧いてくる本です。