こんにちは、一条真也です。
あわただしい1月がようやく終わりましたね。
茶の湯の世界では新春は「初釜」から始まります。本格的な茶室を備えているわが社の松柏園ホテルでも、じつに多くの初釜が焚かれました。
お茶といえば、昨年末、日本映画「利休にたずねよ」を観ました。映画パンフレットの「はじめに」冒頭には、以下のように書かれています。
「利休・・・・・彼こそは『茶聖』とまで称えられた至高の芸術家。『美』に対する見識や独創性の数々には、かの織田信長や豊臣秀吉でさえ一目を置いたという。もしも、その崇高なまでに研ぎ澄まされた美意識が、若い頃に体験した情熱的な恋に始まっているとしたら......?大胆な仮説のもとに希代の茶人の出発点を取り上げ、第140回直木賞を受賞した山本兼一の歴史小説『利休にたずねよ』(PHP文芸文庫)。それは、まさに美の本質に迫る極上のミステリーにして、心を焦がす究極のラブストーリー。もはや歴史小説の枠を超えた傑作が今、長編映画として新たな生命を宿す」
まず、なんといっても「茶聖」と呼ばれた利休を歌舞伎界のプリンス・海老蔵が演じる。これに勝る話題性はないでしょう。茶道も歌舞伎も日本を代表する文化であり、しかも流行語大賞にもなった「おもてなし」の主な源流は茶道にあります。
わたしが感銘を受けたのは、冒頭で伊勢谷友介演じる織田信長と利休が初めて会う場面です。
そこでは満月が重要な役割を果たしました。
この映画のテーマは「美」ですが、日本人の美意識の原点はなんといっても「花鳥風月」、その中でも「月」にきわまると思います。利休は「茶聖」と呼ばれましたが、「歌聖」と呼ばれた西行も、「俳聖」と呼ばれた芭蕉も、いずれも月をこよなく愛し、膨大な数の作品を残しています。
「花鳥風月」といえば、映画の中では利休夫妻が小鳥の幻燈を楽しむシーンも登場しました。利休の美意識とはけっして堅苦しいものではなく、きわめて遊び心に満ちていたことがわかります。利休の「遊び心」は平等性や平和性を秘めたものでしたが、その最高傑作こそは彼の作った茶室でした。
拙著『茶をたのしむ』(現代書林)にも書きましたが、茶室の中における主人と客人との関係は、主従関係を離れた対等の関係でした。そこでは、身分の差を超えて、あくまで個人対個人の関係だったのです。近代民主主義の時代ならともかく、身分制と主従関係を基本として構成されている前近代社会の中にあって、このような人間関係が茶室の中で実現したことは奇跡的でさえありました。そして、この奇跡の空間において、「一期一会」という究極の「おもてなし」の精神が生まれ、育まれていったのです。
拙著『リゾートの思想』(河出書房新社)に書いたように、茶室には、露地、中門、飛石、蹲踞(つくばい)、躙口(にじりぐち)といった、利休が張りめぐらせたさまざまな仕掛けを見つけることができます。そこでは天下人も富豪も、他の人々と同じ歩幅で敷石を踏み、必ず頭を下げなければ中には入ることができなかった。中に入った後も、狭い空間ゆえに互いに正座して身を寄せ合わなければなりません。
茶室では、すべての人間が「平等」となるのです。
また、茶室で茶を飲むと人は「平和」になります。
かつては武士といえども必ず刀を預けてから茶室内に入りました。
刀のような武器ほど茶室に似合わないものはありません。
「利休にたずねよ」を観て気づいたことがありました。利休が盆に水を浮かべて夜空の満月を映したり、枯れかけたムクゲの花を水に与えて命をよみがえらせるシーンがありました。
彼は水というものの力を知り尽くしていました。そして、彼がきわめた茶の湯の道こそは、水を湯と化して、さらには茶に変える芸術にほかなりません。その茶によって、人の心に平安をもたらす。
利休こそは、「水の白魔術師」だったのではないでしょうか。
そう、茶の湯とは日本が生んだ幸福創造のホワイト・マジックだったのです!
人類の歴史は「四大文明」からはじまりました。ナイル河・チグリス=ユーフラテス河、インダス河、黄河の4つの巨大文明は、いずれも大河から生まれました。拙著『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)や『涙は世界で一番小さな海』(三五館)にも書きましたが、孔子、ブッダ、ソクラテス、イエスの「四大聖人」は、大河の文明を背景として生まれた「水の精」ではなかったかと思います。そして、利休という「水の魔術師」の体内には偉大な「水の精」たちも潜んでいたのではないでしょうか。だから、彼は茶の聖人、すなわち「茶聖」と呼ばれたのです。
しかし、「聖人」であるはずの利休は、「天下人」である秀吉によって切腹に追い込まれます。その理由は、大徳寺の山門に利休像を置いたからだとか、娘を秀吉の側室として献上しなかったからだとか、または利休が高額で茶器を売り買いしたからだとか、いろいろ言われたようです。
でも、真の理由はだた1つ。秀吉が利休の人気を嫉妬したからです。
考えてみれば、信長が本能寺の変で死亡せずにそのまま「天下人」となっていれば、利休の運命も大きく変わっていたかもしれません。信長と秀吉では、「美」に対する理解の度合いにおいて雲泥の差でしょうから。秀吉ほど、「美」を理解できないというか、教養がない人間もいないでしょう。あのキンピカの黄金の茶室など、醜悪のきわみであり、日本文化の恥です。
利休は朝鮮出兵に反対し、それが切腹への一因となるわけですが、この映画では彼の心に高麗の美女が住んでいました。日本にさらわれてきた彼女と利休の心の交流および悲しい恋は観客の涙腺を緩ませてくれます。しかし、このような物語の設定自体、現在の茶道界の人々が観たら複雑な感情を持つことでしょう。しかも、利休が彼女のために点てた茶には、ある物が混入されます。
この描写だけは「許しがたい」と思う人もいるのではないでしょうか。たとえフィクションであるにせよ、利休は聖人なのですから、「聖なるものは汚してはならない」というのがわたしの率直な感想です。
最後に、晩年の利休を演じる枯れた海老蔵も悪くはありませんでしたが、放蕩の限りを尽くしていた若い頃の利休を演じた場面は本当に生き生きとしていましたね。映画の完成披露会見で、利休の妻を演じた中谷美紀が「平成の狼藉者」と海老蔵のことを呼んだシーンが思い出されました。