第70回
一条真也
『トラウマ恋愛映画入門』町山智浩著(集英社)

 

 わたしは映画論や映画ガイドの類をよく読むのですが、1962年生まれの著者の文章が一番好きです。おそらく同世代なので、感性のベースとなる共通体験が多いのでしょう。著者は、「映画秘宝」の元編集長で、現在はアメリカ在住です。

 本書は同じ出版社から出ている『トラウマ映画館』の続編です。前作は無名の映画ばかり紹介していましたが、本書に出てくる映画は有名作品が多いです。

 それも、『めまい』とか『隣の女』とか『道』といった、世界映画史にその名を残す古典的な作品が含まれているので、ちょっと意外でしたね。知らない作品の紹介もワクワクしますが、やはり誰でも知っている作品は読者も最初からストーリーを把握しているので、安心して評論部分を読み込むことができます。

 本書の序文である「恋愛オンチのために」で、著者は次のように書いています。「実際、大部分の人にとって、本当に深い恋愛経験は人生に2、3回だろう。たしかに何十もの恋愛経験を重ねる人もいるが、その場合、その人の人生も、相手の人生も傷つけずにはいない。そもそも、恋愛において、そんなに数をこなすのは何も学んでいない証拠だ。

 トルストイもこう言っている。『多くの女性を愛した人間よりも、たった一人の女性だけを愛した人間のほうが、はるかに深く女性というものを知っている』恋愛経験はなるべく少ない方がいい。でも、練習できないなんて厳しすぎる?

 だから人は小説を読み、映画を観る。予行演習として」

 著者は、さまざまな映画を紹介しながら、的確なコメントを述べていきます。恋人ダイアン・キートンと共演したウディ・アレンがニューヨークに住むコメディアンのアルヴィを演じた『アニー・ホール』の最後には、こう述べます。「人が恋し続けるのは、卵が欲しいからだ、とアレン=アルヴィは言う。彼とキートンは、『アニー・ホール』という素晴らしい卵を残したのだ」

 また、ジム・キャリーとケイト・ウィンスレットが共演した「記憶」をテーマにしたSF映画『エターナル・サンシャイン』について、次のように述べます。「相手に欠点があると愛せないのか。性格が違いすぎると愛せないのか。人を愛するというのはそんな理屈ではない。どんなに辛い恋愛だったとしても、かけがえのない経験だ。一度はその人が世界のすべてだと思ったのだから」

 本書を読んで、恋愛と映画は神が人間に与えた恵みだと、しみじみ思いました。