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一条真也
最期の絆
11月末、北九州市で開かれたシンポジウムに出演した。人の世の縁や人生の最期について意見交換する「最期の絆シンポジウム~終活ブームの中で縁を考える~」である。西日本新聞北九州本社の主催だった▼パネリストは、文化人類学者の波平恵美子氏、曹洞宗・瑞松寺住職の末廣石光氏、NPO法人北九州ホームレス支援機構理事長で牧師の奥田知志氏、そして、わたしの4人▼活発な意見が交換されたが、わたしは家族の死を周囲に知らせなかったあり、家族葬や直葬が増加している背景には「迷惑をかけたくない」という意識が肥大化していることがあると指摘した▼また、「迷惑」というのは建前で、本音は「面倒」なのではないかと、問題提起した。例えば、育児や親の介護などは「面倒」なことだ。しかし、それは人間として当たり前の行為で多くの人がやっている▼むしろ、そうした面倒なことの中にこそ、人としての幸せがあるはずだ。人は、ゆかりの人たちに見送られて旅立つのが幸せであり、それが真の「おくりびと」ではないか▼葬儀に一人も参列者がいないことはつらいこと。身寄りのない人でも社会の一員で、人知れず社会から消えることはあってはならない。それを防ぐのが葬儀だと訴えた(一条)
2013.12.10