奥田知志・茂木健一郎著(集英社新書)
かつて、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に、北九州ホームレス支援機構の奥田知志理事長が出演されました。そのときに番組パーソナリティを務められたのが脳科学者の茂木健一郎氏。この番組出演を契機にして両者の交流が始まり、その結果、生まれたのが本書です。
先日、本書の出版記念講演会が北九州市のホテルで開催され、著者お二人の対談の前に、わたしは登壇して書評スピーチを行いました。お二人とは同年代で、奥田氏とは親しくさせていただいています。茂木氏とは初めてお会いしました。
本書はホームレス者が路上死し、老人が孤独死し、若者がブラック企業で働かされる日本社会で、わたしたちはどう生きればいいのか。人々のつながりが失われて無縁社会が広がり、格差が拡大する現状の中で、どうすればいいのか。それらの問題を語り合った本です。
また、東日本大震災以降、流行語になった感さえある「絆」という言葉の真の意味を問い、人々の連帯とその倫理について大いに論じています。
「まえがき」で、茂木氏は述べます。「奥田さんとの対話を通して、私は、もっと賢くなりたいと感じていた。社会の成り立ち、仕組み、『普通の生き方』からこぼれ落ちてしまった時の、人の生き様。私たちの日常のすぐそばにあるはずなのに、なかなか気づかない人生の暗部。奥田さんの話をいろいろと聞いて、もっと学びたいという思いがあった」
この発言を読んで、わたしは感銘を受けました。そして、茂木氏のことを「ソクラテスのような人だな」と思いました。現代日本を代表する「知」のフロントランナーでありながら、「もっと賢くなりたい」「もっと学びたい」と正直に告白するこの謙虚さ。これは、まさにソクラテスの「無知の知」そのものだと思いました。
片や奥田氏も謙虚で、「プロフェッショナル」出演の依頼が来たとき、「すみません、私、アマチュアですけれども」と言ったそうです。その奥田氏は「プロフェッショナル」の定義について、「使命という風が吹いたときに、それに身をゆだねることができる人」と述べています。
豊かな教養をバックボーンとしながらも、奥田氏の発言の深さは、やはり自身の実践から来ています。イエス・キリストが説いた「隣人愛」を実践し続けている人であると思います。本書を読みながら、まるでソクラテスとイエスが対話をしているような錯覚にとらわれました。
「人」と「社会」の本質を浮き彫りにし、「人と社会をつなぐ」一冊です。