第65回
一条真也
『ぼくがいま、死について思うこと』椎名誠著(新潮社)
著者は言わずと知れた、純文学からSF、紀行文、エッセイ、写真集などの幅広い作品を手がけている作家です。
特に、『さらば国分寺書店のオババ』、『気分はだぼだぼソース』、『衷愁の町に霧が降るのだ』など、情報センター出版局から刊行された一連の「スーパーエッセイ」は一世を風靡しました。
1944年に東京に生まれた著者は、2013年の6月で69歳になりました。本書の帯には物思いに耽った表情の著者の写真とともに「69歳。」と大きく記されています。また帯の裏には、以下のように書かれています。
「ぼくはあといくつこういう場に立ち合えるのだろうか。そしていつ自分がこういう場でみんなにおくられるのだろうか。
それは、わからない。ぼくにも、そして誰にもわからない。」
著者は、あるときアメリカで殺人現場を目撃した幼いお孫さんから「じいじいも死ぬの?」と質問されたそうです。少し考えてから、「じいじいは死なないんだよ」と嘘をつきました。その答えに、4歳の小さなお孫さんは「ふ―ん。よかった」と言ったそうです。
しかし、著者は「じいじいは死なないんだよ」と言いながら、その反対に自らの死について考えるようになりました。世界中を飛び回って「生」を謳歌しているという印象の強い人が「死」について考えることになったのは、お孫さんの存在があったのですね。
ラ・ロシュフーコーは「太陽と死は直視できない」と言いました。たしかに、太陽と死は直接見ることができません。でも、間接的なら見ることはできます。
そう、サングラスをかければ太陽を見られます。そして、死にもサングラスのような存在があるのです。「死」という直視できないものを見るためのサングラスこそ「愛」ではないでしょうか。
人は心から愛するものがあってはじめて、自らの死を乗り越え、永遠の時間の中で生きることができるのです。著者も、「孫への愛」というサングラスをかけることによって、自身の死を正面から見つめることになったのかもしれません。
本書には、著者がこれまでに経験した肉親や友人の死の思い出、自死や尊厳死の思想、さらには世界中の葬儀についても紹介されています。まさに、さまざまな角度から「死」を直視した一冊です。
死後の世界を信じている著者は、「死ぬことは全然怖くない」と言い切ります。各地を旅した著者は、未知の世界への旅立ちを楽しみにしているのでしょうね。