第62回
一条真也
『背負い続ける力』山下泰裕著(新潮新書)

 

 わたしの「一条真也」というペンネームは、梶原一騎原作のテレビドラマ「柔道一直線」の主人公「一条直也」にちなんだものです。わたしは講道館で修行した父の影響で、幼少の頃から柔道の稽古に励みました。高校時代には二段を取得していますが、今年から稽古を再開し、三段を目指したいと思っています。
 しかし、いったい最近の日本柔道はどうしてしまったのでしょうか?
 金メダリストのセクハラ問題に続き、全日本女子監督のパワハラ問題・・・まったく、講道館の創始者である嘉納治五郎があの世で嘆いているはずです。
 そんなとき、わたしが思い浮かべる理想の柔道家こそ、本書の著者である山下泰裕氏です。1984年のロサンゼルス五輪で無差別級の金メダルに輝いたのみならず、引退から逆算して203連勝、また外国人選手には生涯無敗という大記録を打ち立てました。85年に引退されましたが、偉大な業績に対して国民栄誉賞を27歳で受賞されています。
 昨年の秋にご本人にお会いしましたが、非常に謙虚な方で、その人間性に感銘を受けました。もともとファンでしたが、ますます好きになりました。
 本書は、「史上最強の柔道家」と呼ばれる著者の人生論です。「期待を背負う」「日本を背負う」「家族を背負う」「柔道を背負う」「教育を背負う」「世界を背負う」という六章から構成されています。
  「背負う」が本書の一貫したキーワードであるわけですが、「はじめに」で、著者は次のように述べています。
  「人間は『自分のため』だけを考えている時には、大した力を発揮できない。家族のため、恩師のため、日本のためと、自分よりも大きなものを背負っている時にこそ、ずっと大きな力が出せる」
 これはまさに、自分を支え応援してくれる人々に対する「感謝の心」、お客様など自分以外の人々のために行動するという「利他の精神」そのものです。これを発揮することで、人生における素晴らしい成果を収めることができるのです。
 また、特に印象に残ったのは、創始者である嘉納治五郎が説いた「精力善用」と「自他共栄」の精神を語った部分です。
 嘉納は「柔道で大事なのは精力善用である。自分のエネルギーを、よきことに使いなさい。そして、自他共栄である。自分だけでなく他人も共に栄える世の中を、柔道を通じて作っていこう」と訴え続けたのです。この言葉、セクハラやパワハラで身を滅ぼした柔道関係者は、どのような思いで聞くのでしょうか。