第7回
佐久間庸和
「東アジアに礼の思想を!」
『海賊とよばれた男』上下巻、百田尚樹著(講談社)が大きな話題を呼び、ベストセラーにもなっている。
同書は『宮本武蔵』や『竜馬がゆく』のような青春歴史小説であり、歴史経済小説でもあるが、主人公のモデルは、出光興産の創業者・出光佐三だ。
出光興産は、北九州市の門司からスタートした。現在は歯科医院となっている創業の地は、わが社の「門司港紫雲閣」のすぐ近くだ。本当に歩いて数分の距離で、近くには「出光美術館」もある。
地元・北九州に縁の深い実業家・出光佐三の名は幼少の頃から知っていた。何より、わが社の創業者である父が深く尊敬しており、その影響で「人間尊重」というわが社のミッションが決められた。「人間尊重」とは出光佐三が終生口にし続けた言葉だからである。
『海賊とよばれた男』は、太平洋戦争で日本が敗戦する場面から始まる。大東亜共栄圏を築くという大日本帝国の野望は無惨に消滅したが、じつはそれ以前に出光佐三は東アジアに一大ネットワークを構築していた。
1929(昭和4)年の出光商会(出光興産の前身)の支店別売上高を見ると、1位が大連で2位が下関、以下は京城、門司、台北、博多、若松の順になっている。満州、韓国、台湾の各都市の支店と北九州の支店が並んでいるリストを見て、わたしの胸は高まった。出光がいち早く東アジアに進出できたのは、門司に本店を置いていたからである。
福岡県には、福岡市と北九州市という2つの政令指定都市がある。ともに朝鮮半島やアジア大陸に近いという地理的、歴史的背景から「アジアの玄関口」と呼ばれ、アジア諸国との交流に力を注ぐ。
交通も非常に便利で、飛行機ならソウルまで1時間10分、上海まで1時間30分、台北まで2時間20分で飛べる。これは、それぞれ、関西空港、東京、札幌に行くのと同じ所用時間である。
これほど近い東アジアだが、昨今の日本と中国、韓国との関係は良好であるとは言えない。いや、尖閣諸島や竹島をめぐって険悪そのものである。北朝鮮に至っては脅威の対象でしかない。
しかし、わたしは思う。日本も含めて東アジア諸国はいずれも儒教国であり、国民には孔子の「礼」の思想が流れているはずだ。
もともと「礼」は他国の領土を侵さない規範として古代中国で生まれた。今こそ、究極の平和思想としての「礼」を思い起こす必要がある。ちなみに、わたしは「礼」と「人間尊重」は同義語であると思っている。