第32回
一条真也
『柔らかな犀の角』山崎努著(文藝春秋)
日本映画界を代表する名優として知られる山崎努さんの読書日記です。
「週刊文春」に好評連載された「私の読書日記」6年分が収録されています。本書の存在を知ったのは、たまたま観たテレビで「山P(ヤマピー)」こと山下智久クンが愛読書として紹介していたからでした。
本書の白眉は、何と言っても映画に関する発言です。著者は、万人が認める最高の「演技力」の持ち主ですが、ときどき「あの映画のあの演技にはどんな狙いがあったのか?」と聞かれることがあるとか。その質問に対して、著者は次のように述べています。
「これがほとんど覚えていない。比較的うまくいった演技ほど覚えていない。撮影現場の情況は絶えず動いている。相手役や監督の調子、天候、暖かかったり寒かったり風が吹いたり。その変化する環境に身を任せるよう自分を仕向けるのが僕のモットー。その場に反応して思いがけないアクションが生まれると楽しいし出来もいい(ような気がする)。頭より身体、結果は身体に聞いてくれ、が理想、記憶にないのが僕としてはベストなのだ。それが僕の『自由』、多少脱線したっていいじゃないか。あらかじめのプランは所詮ひ弱なのである。プランにこだわると身体が萎えてしまう」
本書は、ユニークなブックガイドとして、極上の映画論として、また魅力溢れる1人の名優の人生論として、さまざまな読み方ができる好著だと思います。最後に、著者がいつまでもお元気で、1本でも多くの日本映画に出演されることを願っています。