第55回
一条真也
『傷ついた日本人へ』

 ダライ・ラマ14世著(新潮新書)

 著者は、チベット仏教の最高指導者にして世界の宗教界における最重要人物の一人です。1989年には、世界平和への活動などが評価され、ノーベル平和賞を受賞しています。本書は、「日本の地で・日本人のために」語られています。
 2011年10月29日、著者は日本を訪れました。高野山大学創立125周年の記念講演を行うため、そして東日本大震災の被災地で犠牲者の慰霊と法話を行うためです。
 本書には被災者へのメッセージが語られています。たとえば、第四章「苦しみや悲しみに負けそうになったら」では、著者は次のように言います。
「被災者のみなさんがずっと落胆し、嘆き悲しんだまま生き続けることは、とてももったいないことだと思います。あの危機から幸運にも生き残ったのですから、その人生を無駄にしていただきたくありません。また、悲しみにつぶされたままずっと動き出さなければ、新しい変化やプラスへの転換は決して起こりません。 亡くなった方がもしそんな様子を見たら余計悲しまれることでしょう」
「もし尊い人を亡くされたなら、その死の悲しみをしっかり胸に刻みつつ、その人のために自分はどう生きるべきか、これから何ができるかを考えましょう。その人の存在をこれからの人生の『軸』とし、記憶や意志を受け継ぐ者として『生きる決意』を強くし、前向きに生きていくのです」
 非常に説得力に富んだ、誠意のあふれたメッセージであると思います。そして日本人へのメッセージの最後に、著者はこう語りました。
「地球全体からみれば、同じ人間同士というのはもはや兄弟のようなものでしょう。本物の家族のように心を開き、何でも語り合い、本当の信頼関係を築いていきたいと思っています。私たちはこの惑星に一時的に滞在しているに過ぎません。 ここにいるのはせいぜい90年か100年のことでしょう。その短い間に何かよいこと、役に立つことをして他の人々の幸福に寄与できたなら、それが人生の意味であり、本当のゴールだといえます」
 この言葉に、わたしは深く共感しました。
 本書は、東日本大震災で被災した日本人を励ますだけではありません。世界の仏教界を代表する著者が、わかりやすく仏教の基本について説きます。
 わたしは最近、『図解でわかる!ブッダの考え方』(中経の文庫)を書きましたが、ダライ・ラマ14世の語り口はブッダそのままであるように感じました。