第1回
一条真也
「『論語』への招待」
わたしは、紀元前551年に生まれた孔子を人類史上で最も尊敬しています。ブッダやイエスも偉大ですが、孔子ほど「社会の中で人間がどう幸せに生きるか」を考えた人はいないと思います。
その"人間通"である孔子とその門人の言行録が『論語』です。よく、『論語』を孔子が書いた著書だと思っている人がいますが、それは間違いです。あくまで孔子の言葉や行動を弟子たちが記録したものなのです。
『論語』は、千数百年にわたって読み継がれてきました。意識する・しないにかかわらず、日本人の心にも大きな影響を与えてきたと言えるでしょう。特に江戸時代になって徳川幕府が儒学を奨励するようになると、必読文献として、武士階級のみならず、庶民の間にも広く普及しました。
『論語』には「君子」という言葉が多く登場します。「小人」に対して用いられた言葉で、初めは地位のある人を、後に徳のある人を指すようになりました。
でも君子はいわゆる聖人とは異なり、現実の社会に存在しうる立派な人格者のことであり、生まれつきのものではありません。憲問篇に「君子は上達す」とあるように、努力すれば達しうる境地、それが君子なのです。
儒教とか君子とかいうと、堅苦しくストイックな印象があるかもしれませんが、孔子は大いに人生を楽しんだ人だったと思います。酒を飲み、きれいな色の着物を好み、音楽を愛した人でした。『論語』には「楽しからずや」とか「悦(よろこ)ばしからずや」といったポジティブな言葉が多く発見できます。このようにポジティブな言葉が多いのはすばらしいことだと思います。また、『論語』に出てくる孔子は完全無欠な聖人としてではなく、血の通った生身の人間として描かれています。
わたしは大学の客員教授として、これまで多くの中国人留学生や日本人学生たちに『論語』を教えてきました。また、昨年は『世界一わかりやすい「論語」の授業』(PHP文庫)を出版し、おかげさまで好評を得ています。
そのような活動を評価していただき、このたび「第2回孔子文化賞」を受賞させていただきました。
これから毎月、『論語』に登場するさまざまな言葉を紹介しながら、「社会の中で幸せに生きる」方法をみなさんと一緒に考えていきたいと思います。