第10回
一条真也
「たくさんの祖父母」
今回は、山口県下関市にお住まいの35歳のIさんという女性からのエピソードです。
お便りの冒頭に「わが家の子どもたちは、よく朝帰りする」と書かれていました。ちょっとドキッとする書き出しですね。
Iさんには、5歳と3歳のお子さんがいますが、「もう夕飯食べてきたからいらない」などとも言うそうです。
というのも、ご近所で夕飯をごちそうになり、お風呂も入れてもらって、時にはそのままお泊まりするからです。
遠くに住んでいる本当の祖父母とは時々しか会えませんが、近くにはたくさんお年寄りが住んでいます。ご近所の祖父母さんたちは、Iさんのお子さんたちを本当の孫やひ孫のようにかわいがり、時には叱ってくれるのです。
そのおかげで子どもたちはまるで大家族の中で育っています。たくさんの温かい目で見守られ助けられながら、成長しているのです。
Iさんの家には仏壇がありません。でも、子どもたちはお向かいに住む84歳のばあちゃんちの仏壇に手を合わせに行くそうです。今ではすっかり般若心経を覚えてしまいました。
子どもたちが黒豆と昆布の佃煮が食べたくなると、昼食を食べに行く料理上手のばあちゃんもいます。隣のじいちゃんは、泥がついたままの採れたて野菜を届けてくれます。Iさんの長男はじいちゃんに海で特訓されて、男らしく立ってオシッコが出来るようになりました。船乗りだったじいちゃんから外国の話を聞いては、Iさんに得意げに教えてくれるそうです。
魚市場のじいちゃんもいます。二人の子が赤ちゃんの頃から朝の忙しい時間にベビーカーで近所中を歩き回ってくれた人です。生きた魚が恐ろしいというIさんに代わって、いつも立派な刺身をこしらえてくれたりもします。
Iさんは、与えられるばかりで何にもお礼が出来ません。申し訳ない気持ちでいっぱいですが、みんなは「こちらが遊んでもらってるんだよ」と大らかに微笑んでくれます。
両親二人の手だけでなく、しわの刻まれた手、ごつごつの大きな手、魔法みたいに美味しいお料理を作る手、色んな手でたくさん頭をなでてもらって、「我が子は本当に幸せだ」とIさんはみんなに手を合わせて感謝します。
最後に、Iさんは「大きくなって親に言えない悩みができた時、はたまた家出したくなった時、この子たちには駆け込み寺があちこちにあるからきっと大丈夫」と書かれていました。