第18回
一条真也
『翼』白石一文著(光文社)

 

 著者はわたしの愛読する作家の一人で、すべての作品を読んでいます。本書は、光文社の文芸新企画「テーマ競作小説:死に様」の一冊です。
 キャリア・ウーマンの田宮里江子は、職場近くのクリニックで長谷川岳志と再会します。医師である岳志は里江子の親友・聖子の夫で、夫婦には二人の子どもがいます。里江子は学生時代、聖子から恋人として岳志を紹介されたことがありました。その初対面の翌日、里江子は岳志から呼び出され、「きみと僕とだったら別れる別れないの喧嘩には絶対にならない。一目見た瞬間にそう感じたんだ」と言われます。そして、岳志はなんと「結婚してほしい、聖子とは別れる」と言うのです。あまりにも唐突な話に動揺しながらも、もちろん里江子は岳志の想いに応えることはできず、岳志と聖子の二人から距離を置いて疎遠になってしまいます。
 しかし、里江子の体調不良から10年ぶりに偶然出会った岳志の心は、まったく変わっていませんでした。岳志は、自分の直観を信じて、里江子とともに生きたいと願います。その里江子は、真実の人生を求めながらも、自分に正直になることができません。
 本書は、奇妙な運命にある二人の真実の物語です。作中では非常に哲学的な対話が展開され、里江子は「死」と「記憶」について、岳志は「愛」と「病い」と「死」について語ります。そこが、もう異常なくらいに面白い!
 本書は人間の「生老病死」というものを正面から見つめた傑作で、「死に様」だけでなく、「生き様」「愛し様」「信じ様」も描かれています。死ぬのが怖い人、そして愛されるのが怖い人は、ぜひ本書をお読み下さい。