第33回
一条真也
『クォンタム・ファミリーズ』東浩紀著(新潮社)
著者は現代日本を代表する若手批評家として知られていますが、初の小説である本書で三島由紀夫賞を受賞しました。本書はSFです。主人公は、芥川賞の候補にもなった作家の葦船往人です。
彼は、未来の娘からのメールを受信します。彼女から呼び出されてアメリカのアリゾナに行きますが、帰国したら世界が一変していました。村上春樹の『1Q84』でいえば、主人公の一人である青豆が高速道路の非常階段から降りたとたん、「1984年」が「1Q84年」に変わっていたのと同じです。
そう、この小説はパラレル・ワールド(並行世界)の物語なのです。著者は明らかに村上春樹の影響を強く受けています。実際、本書にはこれでもかというぐらい「村上春樹」という固有名詞が出てきます。また、春樹文学の代表作の一つである『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』も何度も登場します。本書そのものが『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』や『1Q84』と同じく「並行世界」を題材として取り上げています。まさに、ハルキ文学へのオマージュ的作品だと思います。
村上春樹は三島由紀夫の文学的DNAを受け継いでいる作家だと言われますが、東浩紀は村上春樹の文学的DNAを受け継いでいるようです。ならば、著者が受賞した三島由紀夫賞の賞状とは「隔世遺伝」の証明書のようなものですね。
本書がユニークなのは、量子回路に象徴されるデジタル的世界が「家族」というアナログ的世界につながっていくところだと思います。
まるで本書に出てくる家族は輪廻を繰り返しているようですが、もともと日本には、そのような信仰がありました。日本民俗学の父である柳田国男が著書『先祖の話』で明らかにしたように、祖父母が孫に生まれ変わるといった考え方を日本人は持っていたのです。
自分は先祖の生まれ変わりで、自分もいずれは先祖になる。本当の先祖とは過去にではなく、未来にいるのかもしれません。先祖は子孫となり、子孫は先祖となる。まさに魂のエコロジーです。
わたしが著書『ご先祖さまとのつきあい方]』(双葉新書)で示した「魂のエコロジー」は、本書『クォンタム・ファミリーズ』の家族観に明らかにつながっています。本書の帯にもあるように、「かつてない家族SF小説の誕生!」を喜びたいと思います。そして、それが独自の血縁思想を持つ日本から生まれたことを心から祝いたいです。