第32回
一条真也
『夜行観覧車』湊かなえ著(双葉社)
本書は、『告白』の大ヒットで今や「時の人」となった著者の最新作で、「衝撃の『家族』小説」というふれこみです。
冒頭、ある高級住宅地で殺人事件が起きます。人もうらやむエリート一家で起きたその事件の被害者は父親で、加害者は母親でした。
夫婦には3人の子どもがいましたが、彼らはどのように生きていくのか。その家族と、向かいに住む家族の視点が、次第に事件の動機と真相を明らかにしていきます。現代の世相を反映した非常に暗い物語ではあるのですが、最後には希望の光のようなものが射し込みます。
本書のタイトルにもなっている「夜行観覧車」が、本文には登場しないなと思っていたら、最後の最後に、終わりから数行目にところで突如として登場しました。事件の舞台となった高級住宅地の周辺の海の近くに日本一の高さの観覧車ができるというのです。
小島さと子という有閑マダムが、なかなか実家に帰ってきない息子に、その観覧車が完成したら一緒に乗ろうと誘うのです。彼女は、息子にこう言います。
「長年暮らしてきたところでも、一周まわって降りたときには、同じ景色が少し変わって見えるんじゃないかしら」
なかなか含蓄の深い言葉ですね。
さと子という女性は、いわゆる「お節介おばさん」です。近所の家庭でトラブルが発生し大声が聞こえてきたときなどは、必ずその家を訪問し、チャイムを鳴らして中の様子を伺います。
そんなお節介は、当然ながら近隣の人々からは疎まれます。でも、彼女は、この住宅地を誰よりも愛しているのです。
愛する高級住宅地で変な事件などが起こってほしくないのです。
その彼女のお節介が、ある家の悲劇を防ぎ、一人の命を救います。もちろん彼女の心にあるものは純粋な「隣人愛」などではなく、「住民エゴ」なのかもしれません。でも、彼女の行動が人の命を救ったことも事実なのです。
この自分が住む住宅地に異常なまでの愛着を抱いているさと子なら、老人の孤独死だって、子どもの置き去り死だって、持ち前のお節介で食い止めるでしょう。つまり、地域社会には「お節介」というものも、ある程度は必要なのではないでしょうか。
わたしは、本書は現代日本を象徴する「家族小説」であるとともに「隣人小説」でもあると思いました。そして、究極のところで人間を信頼している著者の姿に強い感銘を受けました。