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一条真也
第一則「情報力」
これから毎月、「力」をテーマにお話していきたいと思う。かなり以前から、力という言葉は出版界などでキーワードになっていた。書店をのぞいても、力がついた書名の本が目立つ。それこそ、指導力や営業力や企画力といった仕事のための力に関する本から、『鈍感力』『悩む力』『断る力』『目立つ力』などなど......。
本当は、私は力という言葉があまり好きではない。もうパワーゲームは終わりにしたい気もするが、厳しい風が吹き荒れる世間をみていると、どうも穏やかにしている場合でもないようだ。
この混迷の時代を生き抜いていくには、私たちの業界においても、さまざまな力を身につけることが求められる。
まず第1回目は、「情報力」である。
いま、情報社会がますます進化している。たとえば、グーグルによる書籍の電子データ化や、アマゾンによる電子書籍端末「キンドル」の国内発売がはじまり、書籍の世界にも大きな変化が起きようとしている。特にグーグルのブック検索については、政治問題化する気配もある。
キンドルというのは電気的に画面を書き換える電子ペーパーで、書籍のみならず新聞や雑誌の命運をも握っているといわれる。厚めの小説も簡単に取り込め、それも1,500冊も保存できる。いわば、音楽データを簡単に取り込む「iPod」の書籍版である。
書店と読者が直接、しかも24時間つながることができるわけだ。しかも、自分専用の携帯書庫にもなるという夢のような話である。まさに、時代は「グーテンベルクからグーグルへ」と変化していることを痛感する。
いまやインターネット検索システムが、社会的に大きな力をもつようになった。広告においても、テレビや新聞などよりネット検索で上位に出る「SEO」の重要性が叫ばれている。検索エンジンであるグーグルやヤフーの影響力は肥大化する一方といえる。
もう何十年も前から「情報化社会」が叫ばれてきたが、疑いもなく、現代は高度情報社会そのものである。
オーストリア生まれの経営学者ピーター・ドラッカー(1909〜2005)は、早くから社会の「情報化」を唱え、後のIT革命を予言していた。ITとは、インフォメーション・テクノロジーの略である。ITで重要なのは、もちろんI(情報)であって、T(技術)ではない。
その情報にしても、技術、つまりコンピュータから出てくるものは、過去のものにすぎない。ドラッカーは、IT革命の本当の主役はまだ現われていないと言った。本当の主役、本当の情報とはなんであろうか。
日本語で「情報」とは、「情」を「報(しら)」せるということ。情はいまでは「なさけ」と読むのが一般的だが、『万葉集』などでは「こころ」と読まれている。わが国の古代人たちは、こころという平仮名に「心」ではなく「情」という漢字を当てた。求愛の歌、死者を悼む歌などで、自らのこころを報せたもの、それが万葉集だったのである。
すなわち、情報の情とは、心の働きにほかならない。本来の意味の情報とは、心の働きを相手に報せることなのである。では、心の働きとは何か。それは、「思いやり」「感謝」「感動」「癒し」といったものだ。
そう、真の情報産業とは、けっしてIT産業のことではなく、ポジティブな心の働きをお客様に伝える産業、つまりは冠婚葬祭業に代表されるホスピタリティ・サービス業のことなのである。
私は、次なる社会は、人間の心が最大の価値をもつ「ハートフル・ソサエティ」であると思っている。そして、それは「ポスト情報社会」などではなく、新しい、かつ本当の意味での「リアル情報社会」である。
そこでは、特に「思いやり」が最重要情報となる。仏教の「慈悲」、儒教の「仁」、キリスト教の「愛」をはじめ、すべての人類を幸福にするための思想における最大公約数とは、おそらく「思いやり」という一語に集約される。
そして、「思いやり」とともに人間にとって最も大切なものは「感謝」だ。生前、お世話になった方に感謝の念を表わす。また、故人も会葬者に感謝しているはずだ。葬儀とは、まさに死者から生者へ、また生者から死者へ、感謝の「こころ」を報せる場なのである。「ありがとう」が満ちる葬儀会場は、最も密度の濃い情報空間なのである。