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一条真也
おくりびと

 

映画「おくりびと」を観た。「旅のお手伝い」と記された求人広告は、「安らかな旅立ちのお手伝い」の誤植だった。その業務内容とは、遺体を棺に納める仕事だったのである▼戸惑いながらも納棺師として働き出す主人公には、さまざまな境遇のお別れが待っていた。「死」という万人に普遍的なテーマを通して、家族の愛、友情、仕事への想いなどを直視した名作である▼特に興味深かったのは、納棺師になる前の主人公の仕事がチェロ奏者だということ。チェロ奏者とは音楽家だ。すなわち、芸術家である。そして、芸術の本質とは、人間の魂を天国に導くものとされる▼すばらしい芸術作品に触れて心が感動したとき、人間の魂は一瞬だけ天国に飛ぶという。絵画や彫刻などは間接芸術であり、音楽こそが直接芸術であると主張したのは、かのヴェートーベンだ。芸術とは天国への送魂術なのである▼わたしは冠婚葬祭、とくに葬儀こそは芸術そのものだと考えている。なぜなら葬儀とは、人間の魂を天国に送る「送儀」に他ならない。人間の魂を天国に導く芸術の本質そのものなのだ▼納棺師は真の意味での芸術家である。そして、送儀=葬儀こそが真の直接芸術になりうる。「おくりびと」を観て、そう思った。(一条)
2008年8月25日