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一条真也
天才の時間
大寒の頃、岩手県は花巻にある宮沢賢治記念館を訪れた。あいにくの吹雪だったが、念願の訪問である▼記念館の膨大な展示物を目で追っていくうちに、まるで曼荼羅のような賢治宇宙に吸い込まれそうになった。彼の法華経に基づく深遠な思想と、詩や童話、絵画などの芸術、星や石や花などの科学的探究、教育や農村に展開した多彩な活動の全てを理解するのは容易でない。何より、三十七歳で生涯を終えたという事実に驚かされる。なんという密度の濃い人生だろう▼漫画家の手塚治虫の記念館は宝塚市にあるが、享年六十歳の彼は生涯に十五万枚の作品を描きまくったという。ときに一冊の作品を二日で仕上げたという驚異的な仕事ぶりも語り草となっている。天才はややもすると早死にしやすいが手塚が駆け抜けた六十年という歳月は、一般人の五百年分に匹敵するという▼先日、平成の大横綱・貴乃花が、二十二回優勝など数々の記録と記憶に残る幾多の名勝負を残して引退した。わずか三十歳だった。天才とはいずれも凝縮された時間を送るので凡人の何十倍も濃い時間を生きるのだ。まさに人生の相対性原理。無為に時間を過ごしてはならない。今年で不惑を迎える凡人は、反省とともに痛切に思う。
2003年2月10日