第19回
一条真也
『ゆうきくんの海』山元加津子著(三五館)
著者は養護学校の名物先生です。その体験を生かした感動的で心あたたまるエッセイをたくさん書いています。本書は、そんなエッセイ集の一冊。
感動エピソードが満載ですが、中でも特に読む者の心を震わせる一篇が書名にもなっている「ゆうきくんの海」。
養護学校に、ある男子生徒がいました。名前は、ゆうきくん。彼はいつの頃からかすぐ外へ走り出すようになりました。そんなとき、お母さんは、寝ている赤ちゃんの弟をただひっつかむように抱きあげて、すぐに後を追います。赤ちゃんがおなかをすかせて泣いてもミルクをあげられないし、おむつをずっと替えることtもできません。泣き叫ぶ赤ちゃんを抱いていると周囲の人が鬼とでもいうようにお母さんのことを見ます。
弟が一歳半になったとき、ゆうきくんが荒れ狂う海に入ったことがありました。お母さんは、幼い弟を浜辺に置き、ゆうきくんの後を追い海に入っていきました。お母さんを追おうとする弟を、たった一歳半のその子の頬をひっぱたいて「ついてくるな!」と叱りつけ、泣き叫ぶ子を追いてゆうき君を追いました。
朝も、ゆうき君をスクールバスに乗せるのはとても大変です。彼はすぐ走り出して、どこかに行ってしまうのです。仕方なく後から自分の車で学校まで送ると、「他のお母さん方が迷惑します」と先生から注意を受けます。
かわいそうなお母さん。そのお母さんが、交通事故で亡くなりました。ゆうきくんは母親の死を理解できず、いつしか海へと向かいます。彼を追いかけた著者は、ゆうきくんの信じられない姿をそこに見ます。いつも動いているか、ただブツブツつぶやくだけで表情を変えることができなかったゆうきくんが、涙を流して泣いていたのです。
「海に来ようとしていたんだね。お母さんに会いに来たんだね。お母さんを探していたんだね」
著者は、泣いているゆうきくんを泣きながら抱きしめました。
障害を持った子どもを育てることの悲しみ、苦しみ、それでもわが子を守らなければならない親の責任と覚悟。それらが胸に迫ってきます。