「ジパング」という言葉を知らない方は、少ないと思います。わたしの監修書である『よくわかる伝説の「聖地・幻想世界」事典~アトランティス、ラピュータから、桃源郷、ナルニア国まで~』(廣済堂文庫)では、「東の海のはてにある黄金の国」として、「ジパング」を紹介しました。
15~16世紀にかけて、コロンブスの新大陸発見や、ヴァスコ・ダ・ガマによる東インド航路の開拓で、ヨーロッパは大航海時代を迎えていました。先を争うように航海に乗りだした冒険者たちがめざすのは、伝説の黄金の国でした。ひとつは南米大陸の黄金都市「エル・ドラド」。そしてもうひとつが、東の海のはてにあるといわれる黄金の国「ジパング」、つまり日本でした。ちなみに、英語の「ジャパン」は、この「ジパング」が語源といわれています。
「ジパング」の名を広めたのは、11~12世紀にかけて東方を旅したベニスの商人マルコ・ポーロです。マルコは、中東、中央アジアを歴訪し、シルクロードをわたり、当時ユーラシア大陸の半分以上を領土としていたモンゴル帝国(元)を訪れました。元の皇帝・ブビライに謁見したマルコは、皇帝に気に入られ、以後17年もの長いあいだ、フビライのいる中国・上都に滞在することになります。そして、ベニスに帰国したのちにアジアでの体験談を周囲に語り、それをまとめたのが『東方見聞録』です。同書で「ジパング」は黄金の国として紹介されています。
『東方見聞録』には、ジパングは「大陸より1500マイル(約2400キロ)の海上に浮かぶ島国」とあります。同書によれば、ジパングの民は色白で礼儀正しく、偶像を崇拝している。敵国の捕虜を処刑し、その肉を食べて自分の力にするという習慣がある。王が治める独立国だが、王の宮殿はすべて屋根も窓も純金でおおわれており、宮殿内の床にも指2本分の厚さをもつ純金が敷きつめられている。この国では無尽蔵に黄金が産出され、王の宮殿だけでなく民家にも金があふれている。遠方で大陸の商人が訪れないため、国外に持ちだされたことがないからだ。さらに、金だけでなく真珠などの宝石も多数産出していると描写されています。
『東方見聞録』の内容は、日本人の感覚からするとおかしな表現も多いとされています。マルコ・ポーロ自身は、ジパングを訪れたわけではなく、中国の商人などからの伝聞だとしています。あくまで、モンゴルや中国の商人から伝えられたイメージであり、日本と貿易関係にあった中国の歴史書にも、日本にはサイやゾウがいると書かれていたりするのです。その話を聞いたマルコ・ポーロが、話をふくらませたり、別の国と混同していたりする可能性は高いでしょう。
ただ、まったくのウソとも言い切れないのは、当時の日本は世界でも有数の金の産地だったという記録も残っているからです。マルコ・ポーロは、帰国後に「ペテン師」や「大ボラ吹き」などと呼ばれました。が、虚実ないまぜのこの記録が、300年後にヨーロッパ人の冒険心をおおいに刺激したのです。「ジパング」とは、「史実と空想が交錯するロマンの国」だったのです。
「ジパング」とは、理想化された日本にほかなりません。
21世紀になって、日本が「理想の国」として世界中から注目を浴びました。
そう、2020年のオリンピック開催地が東京に決定したときです。あのとき、日本中が大きな喜びに包まれました。さまざまな人が行った東京招致のプレゼンテーションの中で、人々の心に一番印象に残ったのが、滝川クリステルさんのプレゼンでした。アルゼンチン・ブエノスアイレスのIOC(国際オリンピック委員会)総会で東京がプレゼンテーションを行った際、滝川さんがIOC委員に東京招致を訴えました。流暢なフランス語と、ナチュラルな笑顔・・・・・・これ以上ない適役でした。彼女は、次のように述べました。
「皆様を私どもでしかできないお迎え方をいたします。
それは日本語ではたった一言で表現できます。『お・も・て・な・し』。
それは訪れる人を心から慈しみ、お迎えするという深い意味があります。
先祖代々受け継がれてまいりました。以来、現代日本の先端文化にもしっかりと根付いているのです。その『おもてなし』の心があるからこそ、日本人がこれほどまでに互いを思いやり、客人に心配りをするのです」
さらに、彼女は次のような具体例を挙げました。
「皆様が何か落し物をしても、きっとそれは戻ってきます。
お金の入ったお財布でも、昨年1年間だけでも3000万ドル以上も現金が落し物として警察に届けられました。世界各国の旅行者7万5000人への最新のアンケートでも、東京は世界一安全な街とされました。他にも言われることは、公共交通機関も世界一しっかりしていて、街中が清潔で、タクシーの運転手さんも世界一親切だということです。
その生活の質の高さはどこででも感じていただけます。
また、最高の文化にも浸っていただけます。
世界最高峰のレストラン、ミシュランガイドでは星の数が多い東京。
それらすべてが未来を感じられる街を彩っています。
訪れたすべての方に、生涯忘れ得ない思い出を残すことでしょう」
この滝川さんのスピーチを聞きながら、「おもてなし」という言葉を再認識した方が多かったのではないでしょうか。いわゆる「サービス」とも「ホスピタリティ」とも違った、日本独特の世界が「おもてなし」です。彼女が「お・も・て・な・し」と一字ずつ韻を切るように発声してから、最後に合掌しながら「おもてなし」と言い直した場面には感動しました。
彼女が合掌している姿に、IOC委員たちは「理想の日本人」を見たのではないでしょうか。
東京の治安が良いこととか、公共交通機関が充実しているとか、街が清潔であるとか、そういった現実的な問題ももちろん大事です。でも、「おもてなし」という言葉、そして合掌する姿が日本をこれ以上ないほど輝かせてくれました。
サンレーグループでは、「人間尊重」をミッションにしています。本業がホスピタリティ・サービスの提供ですので、わが社では、お客様を大切にする"こころ"はもちろん、それを"かたち"にすることを何よりも重んじています。こうした接客サービス業としては当たり前のことが、一般の方々の「おもてなし」においても、きっと何かのヒントになるのではないかと思います。
日本人の"こころ"は、神道・仏教・儒教の3つの宗教によって支えられており、「おもてなし」にもそれらの教えが入り込んでいます。「おもてなし」は、日本文化そのものです。かつての日本は、黄金の国として「ジパング」と称されました。これからは、おもてなしの心で「こころのジパング」を目指したいものですね。なお「こころのジパング」は、『決定版 おもてなし入門』(実業之日本社)で初めて使われた言葉です。