四楽

しらく

 仏教では、生まれること、老いること、病むこと、そして死ぬこと、すなわち「生老病死」を「四苦」とみなしています。もともと人生を苦とみなすことはインド思想一般に通じることで、すでに『ウパニシャッド』のなかにもあります。しかし、これを強く推し進めたのはゴータマ・シッダールタ、すなわちブッダでした。ブッダは一切の既成の立場、あるいは形而上的独断を捨て、ありのままの対象そのものに目を向け、現実世界の実際の姿を解明することから出発しました。それを「如実知見」といいますが、そうして直面したものが、人生の苦ということだったのです。
 出家した後も、人間の苦労について考え続けたブッダは、ついに次のように宣言しました。「修行僧たちよ。苦悩についての聖なる真理というのは次の通りである。すなわち、誕生は苦悩であり、老は苦悩であり、病は苦悩であり、死は苦悩である」
 これが「四苦」です。現在においては、誕生を苦悩と考える人はあまりいないでしょうから、「生」をはずすとしても、「老」「病」「死」の三つの苦悩が残ります。いくらブッダの悟りを単なる知識として知ったからといって、老病死の苦しみが消えるわけではありません。
 ここで思いきって発想の転換をしてみましょう。いっそのこと、苦を楽に書き換えて、「四苦」を「四楽」に転換してしまってはどうでしょうか。はじめから苦だと考えるから苦なので、楽だと思いこんでしまえば、老病死のイメージはまったく変わってしまいます。実際、ブッダが苦悩ととらえた誕生にしても、「四苦」から卒業していったようなものではありませんか。具体的な老病死のポジティブ・シフトについては『老福論』や『ロマンティック・デス』や『ハートフル・ソサエティ』に書きましたが、老楽、病楽、死楽というコンセプトを得たとき、私たちは人間の一生が光り輝く幸福な時間であることに気づきます。

一条真也
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