『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』(2006年・だいわ文庫)の中で、私はアポロの宇宙飛行士たちが月面で神の臨在を実感したことを紹介しました。そして、「すべての宗教がめざす方向とは、この地球に肉体を置きながらも、意識は軽やかに月へと飛ばして神の視線を得ることではないだろうか」と書きました。
いうまでもなく、ミュシャはアールヌーヴォーを代表する画家です。もともと好きな画家だったので、同書の発売日に東京・丸ビルの丸善で開催されたミュシャの展示会へと足を運びました。するとカラフルなアールヌーヴォーの作品群の中に、ひっそりとモノクローム・リトグラフの作品が飾られており、「主の祈り」という題名がついていました。それを見た瞬間、私の体に電流のようなものが走りました。
なんとそれは、地上でうごめく多くの人間たちが夜空の月を仰いでいる絵なのです。しかも、その月は巨大な天上の眼でもあるのです!驚いて学芸員の方にお聞きすると、1899年に描かれたこの絵はミュシャが最も描きたかったものであり、それ以前の膨大なアールヌーヴォー作品の版権を放棄して、この絵の制作に取り掛かったとのこと。多忙な彼が下絵を何十枚も描いており、最初は空に浮かぶ巨大な顔(ブッダの顔のようにも見える)だったのが、次第に一つ目になり、それが三日月になっていったそうです。
その絵につけられた解説文には、「月は主の眼であり、その下に、あらゆる人間は一つになるのであろう」といった内容が記されていました。私は本当に仰天し、感激しました。そして日本には一枚だけしかなく、19世紀象徴主義を代表するというその絵を、それこそ「神の思し召し」と思って即座に購入したのです。
もちろんミュシャがそのような絵を描いているなどとは、まったく知りませんでした。自著の内容とシンクロして、夢みるように会場へと導かれ、運命の出会いを果たしたのです。私自身はスピリチュアルな体験であったと思います。
ミュシャは「薔薇十字会」のメンバーだったそうです。メイヴ像やエリン像などに代表されるケルトの女神をたくさん描いていることでも知られます。非常に秘教的な、宗教の根源に関わる「聖なるもの」を彼の絵には感じます。「主の祈り」を見るたびに、魂が揺り動かされるような気がします。またそれ以来、夜空の月を見ると、神に見つめられているような気がしてなりません。「主の祈り」は今、サンレー本社内の「ムーンギャラリー」に飾られています。
一条真也
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